『そわか』について

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「そわか」という言葉に込めた“想い”

これは、元来、「円満・成就」を意味する言葉です。
サンスクリット語のsuvahaという言葉が、
漢訳(音写)され「蘇婆訶/薩婆訶」となりました。

様々なお経に登場するこの『そわか』という言葉は、
幸あれ、祝福あれ、という慈悲深い仏の願いでもあります。

ご縁のある皆さんが、どうか一つ真実を掴まれ、
ますますのご多幸に恵まれますように。

合 掌

「瞑想スタジオそわか」のOneストーリー

誰もが気軽に瞑想(マインドフルネス、坐禅、ヴィパッサナー)を学ぶことが出来る「瞑想スタジオ」を作ろうと思い、2017年9月7日、青葉台(横浜市青葉区)某所にそれを開単させてました。

今にして思えば、その頃は私自身まだ瞑想が何たるかもよく分かっておりませんでした。しかし、スタジオを訪れて下さる皆様方とご一緒にそれを“真剣に”研鑽探究しまして。その甲斐あって開単から半年後ほど経った頃、幸いにもその本質を“確信”することが出来ました。

それによって、そわかでの瞑想レッスンは根本的に改善され、先生(講師)である私自身の人生そのものも変わりました。不思議なことに、日々の生活や暮らしぶりそのものは殆ど変わっていなかったにもかかわらず、毎日が充実し、確実にQOL(Quality of life)が上がったのです。もちろん、そうした変化(変容)は生徒さんの間にもじわじわと広がって行きました。

青葉台のスタジオが無ければ、今の「入山文章」は存在しませんし、こうした「そわかのレッスン」(唯一無二の瞑想レッスン)も生まれていなかったはずですから、そうであれば生徒さん達のご人生も今のように明るくなることは無かったのかもしれません。ですから、私にとっても生徒である皆さんにとっても、そこは本当に大切な場所だったわけです。

ところが、三年目を迎えた矢先のこと。年末からの急転直下の展開で、なんと“元日”早々にそのスタジオとの別れを決断することになったのです。しかし、そういった出来事のなかで辛さ苦しさを味わっている時ですら、「これは決してピンチではなく、将来のの可能性が開かれてゆく“chance”に違いない」と思っていました。(元来ネガティブ思考だった私がそんな風に思えるようになったのも、本当に「そわか」のおかげだと思います。)

するとやはりその出来事をきっかけにして、「そわか」の在るべき姿や「そわかのレッスン」の本質などが観えて来たのです。そして、結果的に「場所」や「形」というものから自由になることが出来て、ますます可能性が広がりました。辛かった出来事も、そのために必要不可欠なものだったのです。「形」があったからこそ「無形」を手にすることが出来た、というわけです。

今やレッスンの場所は、厳かな神社仏閣の堂宇であろうと潰れかけの公民館であろうと、あるいは街角のおしゃれな喫茶店や場末の寂れたスナックであろうと、どこのどのような空間であろうと関係ありません。ただ真剣な心と心とが交わるその場所に、この「瞑想スタジオ」は立ち現れます。それが、道場(studio)というものの“本来の姿”ではないかとも思い至っております。

ですから「道場」などと言っても、格式ばった寺院僧院ではございません。もとより特定の「場所」すら無いのですから(笑)。皆さんがお参りなさりたいという時には、いつでも門戸を開いております。どうぞ皆様ご随意に、そしてお気軽にこの道場(studio)へお参り下さいませ。

合掌


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